海燕 101号
2026年2月
【特集①】
埼玉石心会病院 救命救急棟
【特集②】
川崎幸病院 川崎大動脈センター
【新入職員の皆さんへ向けて】
PDF冊子および動画
特集 ❶
埼玉石心会病院 救命救急棟
日本一の救急医療を目指す
救命救急棟の新設に託したインフラ強化戦略について
埼玉石心会病院 院長
石井 耕士
埼玉石心会病院(470床、二次救急指定)は、2024年に年間約9,800件の救急搬送を受け入れ、9年間連続で救急車応需率99%以上を維持している地域中核病院です。
法人理念のひとつ「断らない医療」を中心に据え、さらなる救急医療体制の強化を目的として、2025年4月に救命救急棟を新設し、運用を開始しました。本記事では、新棟建設の背景と目的を、理念の体現、経営基盤の強化という二つの観点から整理し、救急医療の質と病院経営の両立を図る戦略の概要をお話いたします。
法人理念のひとつ「断らない医療」を中心に据え、さらなる救急医療体制の強化を目的として、2025年4月に救命救急棟を新設し、運用を開始しました。本記事では、新棟建設の背景と目的を、理念の体現、経営基盤の強化という二つの観点から整理し、救急医療の質と病院経営の両立を図る戦略の概要をお話いたします。
病院の概要と地域における役割
当院は、人口約77万人の埼玉県西部医療圏に位置しています。2017年の新築移転により450床へ増床し、2025年4月の救命救急棟開設をもって470床となりました。
このうち40床は回復期病床であり、2024年の病院機能評価では「高度・専門機能(リハビリテーション)」の認定を取得しています。
当院の10km圏内に400床を超える急性期病院は大学病院2施設のみであり、当院はこの地域の中核的な急性期医療を担っています。
そして、法人理念「断らない医療」「患者主体の医療」「地域に根ざし、地域に貢献する医療」を、すべての意思決定の基軸に置いた「理念経営」を実践しています。
また、救急医療においては重症度を問わず受け入れる「ER型救急」を敷き、地域の医療安全網として機能しています。
救命救急棟増築の背景
発端は2022年に遡ります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期、当院は重点医療機関として対応にあたりましたが、病床逼迫による転院困難や重症患者対応の限界に直面しました。
ECMO管理を要する重症呼吸不全や重症外傷患者の受け入れが難渋した経験から、「断らない医療」を継続するには、重症救急および新興感染症に耐えうるインフラの再構築が不可欠であると痛感しました。
この経験が、新棟建設の直接の契機となっています。
構想検討と意思決定の経緯
(1)収益性の再評価
救急医療は、「赤字部門」と捉えられがちですが、当院の分析ではむしろ新規入院を生み出す主要な入口と捉えています。24時間体制による緊急入院は、一般外来からの定時入院と同等かそれ以上を占めており、経営の安定化に寄与しています。
しかし、入院適応があっても病床不足により毎年1,000件以上が救急外来から他院転送を余儀なくされており、救急スタッフにとっても非効率でした。
増床による受け入れ能力の拡充は、新規入院確保と外来運用効率化の双方に資すると判断に至りました。
(2)理念との整合性
理念のひとつである「断らない医療」を実践し続けるには、一次・二次救急のみならず、三次救急相当の重症患者さんの受け入れ体制を整備する必要があります。また、「患者主体の医療」の観点に立つと、受け入れるだけでなく、高度で迅速な質の高い医療を提供することが真の患者中心主義であると言えます。
さらに、埼玉県全体の課題である「高齢重症患者の受け入れ困難」に対して、当院が重症救急対応を強化することは地域貢献にも直結すると考えました。
こららの理念と収益の両面の検討を経て、救命救急棟の建設を正式に決定しました。ただし、2022年当初に20億円で見積もりをしていた建設費は、資材価格高騰により最終的には倍額に達しました。それによって今後当院は、病床運用を効率化し、在院日数の短縮化、病床利用率の上昇、病床単価上昇させ、経営状態の安定化を図る課題に直面します。
建設費の高騰により県内では新築・建て替えを断念する病院も増えており、医療インフラ整備の持続性確保には、国の政策的支援が欠かせない局面にあります。
新棟のコンセプトと設計思想
新棟のコンセプトは、「重症救急患者に対する初期診療・緊急手術・集中治療を一気通貫で行う施設」と定義しました。
感染症拡大期の教訓から、感染防御と動線効率を両立させる構造を重視し、県内高度救命救急センターの設計を参考に実用性を追求しました。
人材面では、臓器横断的診療を担う救急科・総合診療科・集中治療科に加え、救急外科を増員し、重症外傷・重症感染症対応力の強化を図りました。
「ハード」と「ソフト」を同時に整備することで、初期診療から集中治療までを院内完結できる体制を目指した点が特徴です。
外観
1階図面
救命CT室を備えた救命初療室
新棟の構造と運用体制
新棟は既存の救急外来に隣接し、救急搬送動線の延長上に配置しました。救命救急棟の入口左側に初期診療室、CT撮影室、造影透視室を直線的に配置し、最短導線で診断・処置が可能となりました。
初期診療室は手洗い場、麻酔機器、手術用ベッドを置き、簡易手術が可能な設備を備え、CT室とは直接移動ができる設計で、重症外傷の初期対応時間を短縮する構造です。
さらに奥には救急病棟(1階16床、うち陰圧個室2床)を配置し、感染症患者の隔離・透析にも対応可能としました。2階には手術室4室とICUを設置し、このうち1室は緊急手術専用、1室はロボット支援手術専用室として「ダビンチ」を導入しました。
運用開始後の成果
当院救急外来には20名以上の救急救命士が在籍し、救急隊との連携窓口や転院搬送を担っています。搬送要請を受けた際は、救急救命士が聴取した情報からスタットコール基準で重症となれば、看護師、救急リーダー医師が新棟または既存棟での受け入れを即時判断する体制を構築しました。
新棟稼働から半年間(4〜9月)の間に、病院全体の病床利用率は91.9%から98.4%に上昇し、入院収入も前年と比較し5%程度増収しているため、20床増床分の効果が明確に現れました。
転院搬送件数は例年1年間に1,000件以上ありますが、2025年4~9月は300件と例年の6割程度に減少しました。これは救命士業務の効率化と患者負担軽減の双方に寄与していることを示しています。
これらの成果は、理念に基づいたインフラ投資が経営的にも有効であることを実証するものだと考えます。
准看護師の資格を取得し活躍する救急救命士(手前)
手術支援ロボット『ダビンチXi』
「日本一の救急医療」を目指して
私は、新棟開棟時、職員に向けて「10年後、日本一の救急医療ができる病院を目指す」と宣言しました。当院は救命救急センターではありませんが、厚生労働省の「救命救急センター充実度評価」において満点を獲得することを日本一の定義として掲げています。この評価基準を指標とし、今後10年間でハード・ソフト両面のさらなる充実を図り、救命救急センターに匹敵する機能を持つ急性期病院として、地域を支えていきます。
救命救急棟の新設は、単なる施設拡充ではなく、「断らない医療」という理念を具現化するための戦略的インフラ投資です。
理念に基づいた経営判断が、医療の質向上と病院の持続可能性の両立を導くことを、当院の取り組みが示しています。
これからも「理念経営」のもと、日本一の救急医療を目指し、地域と共に成長する病院づくりを進めていきます。
埼玉石心会病院 石井耕士病院長
当院は、人口約77万人の埼玉県西部医療圏に位置しています。2017年の新築移転により450床へ増床し、2025年4月の救命救急棟開設をもって470床となりました。
このうち40床は回復期病床であり、2024年の病院機能評価では「高度・専門機能(リハビリテーション)」の認定を取得しています。
当院の10km圏内に400床を超える急性期病院は大学病院2施設のみであり、当院はこの地域の中核的な急性期医療を担っています。
そして、法人理念「断らない医療」「患者主体の医療」「地域に根ざし、地域に貢献する医療」を、すべての意思決定の基軸に置いた「理念経営」を実践しています。
また、救急医療においては重症度を問わず受け入れる「ER型救急」を敷き、地域の医療安全網として機能しています。
救命救急棟増築の背景
発端は2022年に遡ります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期、当院は重点医療機関として対応にあたりましたが、病床逼迫による転院困難や重症患者対応の限界に直面しました。
ECMO管理を要する重症呼吸不全や重症外傷患者の受け入れが難渋した経験から、「断らない医療」を継続するには、重症救急および新興感染症に耐えうるインフラの再構築が不可欠であると痛感しました。
この経験が、新棟建設の直接の契機となっています。
構想検討と意思決定の経緯
(1)収益性の再評価
救急医療は、「赤字部門」と捉えられがちですが、当院の分析ではむしろ新規入院を生み出す主要な入口と捉えています。24時間体制による緊急入院は、一般外来からの定時入院と同等かそれ以上を占めており、経営の安定化に寄与しています。
しかし、入院適応があっても病床不足により毎年1,000件以上が救急外来から他院転送を余儀なくされており、救急スタッフにとっても非効率でした。
増床による受け入れ能力の拡充は、新規入院確保と外来運用効率化の双方に資すると判断に至りました。
(2)理念との整合性
理念のひとつである「断らない医療」を実践し続けるには、一次・二次救急のみならず、三次救急相当の重症患者さんの受け入れ体制を整備する必要があります。また、「患者主体の医療」の観点に立つと、受け入れるだけでなく、高度で迅速な質の高い医療を提供することが真の患者中心主義であると言えます。
さらに、埼玉県全体の課題である「高齢重症患者の受け入れ困難」に対して、当院が重症救急対応を強化することは地域貢献にも直結すると考えました。
こららの理念と収益の両面の検討を経て、救命救急棟の建設を正式に決定しました。ただし、2022年当初に20億円で見積もりをしていた建設費は、資材価格高騰により最終的には倍額に達しました。それによって今後当院は、病床運用を効率化し、在院日数の短縮化、病床利用率の上昇、病床単価上昇させ、経営状態の安定化を図る課題に直面します。
建設費の高騰により県内では新築・建て替えを断念する病院も増えており、医療インフラ整備の持続性確保には、国の政策的支援が欠かせない局面にあります。
新棟のコンセプトと設計思想
新棟のコンセプトは、「重症救急患者に対する初期診療・緊急手術・集中治療を一気通貫で行う施設」と定義しました。
感染症拡大期の教訓から、感染防御と動線効率を両立させる構造を重視し、県内高度救命救急センターの設計を参考に実用性を追求しました。
人材面では、臓器横断的診療を担う救急科・総合診療科・集中治療科に加え、救急外科を増員し、重症外傷・重症感染症対応力の強化を図りました。
「ハード」と「ソフト」を同時に整備することで、初期診療から集中治療までを院内完結できる体制を目指した点が特徴です。
外観
1階図面
救命CT室を備えた救命初療室新棟の構造と運用体制
新棟は既存の救急外来に隣接し、救急搬送動線の延長上に配置しました。救命救急棟の入口左側に初期診療室、CT撮影室、造影透視室を直線的に配置し、最短導線で診断・処置が可能となりました。
初期診療室は手洗い場、麻酔機器、手術用ベッドを置き、簡易手術が可能な設備を備え、CT室とは直接移動ができる設計で、重症外傷の初期対応時間を短縮する構造です。
さらに奥には救急病棟(1階16床、うち陰圧個室2床)を配置し、感染症患者の隔離・透析にも対応可能としました。2階には手術室4室とICUを設置し、このうち1室は緊急手術専用、1室はロボット支援手術専用室として「ダビンチ」を導入しました。
運用開始後の成果
当院救急外来には20名以上の救急救命士が在籍し、救急隊との連携窓口や転院搬送を担っています。搬送要請を受けた際は、救急救命士が聴取した情報からスタットコール基準で重症となれば、看護師、救急リーダー医師が新棟または既存棟での受け入れを即時判断する体制を構築しました。
新棟稼働から半年間(4〜9月)の間に、病院全体の病床利用率は91.9%から98.4%に上昇し、入院収入も前年と比較し5%程度増収しているため、20床増床分の効果が明確に現れました。
転院搬送件数は例年1年間に1,000件以上ありますが、2025年4~9月は300件と例年の6割程度に減少しました。これは救命士業務の効率化と患者負担軽減の双方に寄与していることを示しています。
これらの成果は、理念に基づいたインフラ投資が経営的にも有効であることを実証するものだと考えます。
准看護師の資格を取得し活躍する救急救命士(手前)
手術支援ロボット『ダビンチXi』「日本一の救急医療」を目指して
私は、新棟開棟時、職員に向けて「10年後、日本一の救急医療ができる病院を目指す」と宣言しました。当院は救命救急センターではありませんが、厚生労働省の「救命救急センター充実度評価」において満点を獲得することを日本一の定義として掲げています。この評価基準を指標とし、今後10年間でハード・ソフト両面のさらなる充実を図り、救命救急センターに匹敵する機能を持つ急性期病院として、地域を支えていきます。
救命救急棟の新設は、単なる施設拡充ではなく、「断らない医療」という理念を具現化するための戦略的インフラ投資です。
理念に基づいた経営判断が、医療の質向上と病院の持続可能性の両立を導くことを、当院の取り組みが示しています。
これからも「理念経営」のもと、日本一の救急医療を目指し、地域と共に成長する病院づくりを進めていきます。
埼玉石心会病院 石井耕士病院長
特集 ❷
川崎幸病院 川崎大動脈センター
《前編》
日本一は、こうしてつくられた
~川崎大動脈センターの挑戦~
川崎幸病院 院長
山本 晋
大動脈瘤や大動脈解離は、発症と同時に生命の危機に直結する重篤な疾患です。診断や治療のクオリティが、生死を分ける結果につながります。川崎幸病院 川崎大動脈センターは、こうした大動脈疾患に特化した専門診療センターとして2003年に誕生しました。現在では、日本を代表する国内唯一の大動脈治療専門施設として、国内外から高い評価を受けています。
本特集では、川崎大動脈センターの紹介《前編》として、川崎大動脈センターがどのような理念と覚悟のもとで生まれ、いかにして日本を代表する診療センターへと成長してきたのかを、創設者・山本晋医師の歩みとともにたどります。
本特集では、川崎大動脈センターの紹介《前編》として、川崎大動脈センターがどのような理念と覚悟のもとで生まれ、いかにして日本を代表する診療センターへと成長してきたのかを、創設者・山本晋医師の歩みとともにたどります。
アメリカで学んだ「手術の標準化」
川崎大動脈センターの医療思想の根底には、創設者・山本医師がアメリカでの修行時代での経験にあります。ベイラ―医科大学のコセリ先生の手術に500症例以上立ち合い、その手術記録を手で書きながら学んでいました。そこでわかった事は、突出した名医が医療を支えるのではなく、明確な役割分担と共通の判断基準のもとに提供される『手術の標準化』こそが大切であると考えました。術者が変わっても医療の質は揺らがず、手術は再現性のある医療として日常的に行われる。それが結果的にその手術の質をあげると確信を深めていきました。この考え方は後に、大動脈疾患という極めて困難な分野に日本で挑み続けるための、揺るぎない軸となっていきました。
ベイラ―医科大学 コセリ医師(左)と山本医師
500症例以上の手術を手書きで記録したノート
センター設立の背中を押した元理事長・石井暎禧
アメリカからの帰国後、日本で大動脈疾患の専門センターを立ち上げるにあたり、山本医師が直面したのは、大動脈手術が高難度・高リスクであるがゆえに、病院としても簡単に受け入れられず、慎重な判断を迫られる分野であったという現実でした。大動脈疾患の手術を行っていくには人材、設備、時間、そして病院として相当な覚悟が必要で、敬遠されがちでした。
この構想を真正面から受け止めたのが、石心会の石井暎禧(えいき)理事長(当時)でした。「いいですねぇ、どんどんやってください」という言葉で、山本医師の背中を押し、2003年に国内唯一の大動脈疾患専門施設の川崎大動脈センターが誕生しました。
「世界一の手術件数」を目標にした質の高い仕組みづくり
川崎大動脈センターは、設立当初から一般心臓手術は行わず、大動脈疾患に完全特化しました。「世界一の手術件数となる事」を目標に、緊急症例にも24時間体制で対応できるような仕組みづくりが進められました。
仕組み作りの一環で、2006年には大動脈疾患専用集中治療室「ACU(Aortic Care Unit)」を開設。医師だけでなく、看護師、臨床工学技士、放射線技師、薬剤師、リハビリテーションスタッフなど、多職種が大動脈疾患に特化した知識と経験を共有し、『手術の標準化』を実行できるように体制を確立していきました。この体制こそがセンターの医療の質を支えています。
国内外から寄せられる信頼
2003年の開設からの取り組みの積み重ねにより、川崎大動脈センターは国内最多の症例数と安定した治療成績を誇る施設となりました。現在では北海道から沖縄まで、全国各地の医療機関から紹介が寄せられています。
日本を代表する施設となったことで、その評価は国内にとどまらず、学術論文や専門書を通じた知見の発信、海外医療機関との提携・交流、オンライン症例検討会「KAS Conference」などを通じて、「Kawasaki Aortic Surgery」という考え方が世界へと広がってきています。
日本一に、近道や偶然はない
川崎大動脈センターが国内外から評価をされるまでに、特別な近道や偶然があったわけではありません。大動脈疾患の治療が今以上に困難だった時代から、目の前の患者と向き合い続け、困難な判断を丁寧に乗り越え、質の高い医療を積み重ねてきた結果が現在につながっています。目標を拠り所に、組織として同じ医療理念や基準で判断し続けること。その積み重ねこそが、現在の川崎大動脈センターを支え続ける力となっています。
託された未来へのバトン
2020年、山本医師は院長として病院全体を運営する立場に移り、川崎大動脈センターは山本医師の後進である大島晋医師にセンター長を引き継ぎました。センターは誰か一人のものではなく、理念と体制が引き継がれてこそ価値があると山本医師が語るように、川崎大動脈センターは大島医師がセンター長になってからも、手術件数を伸ばし続けている他、海外での学会からの講演依頼や、海外の医師をはじめとした医療者が常時複数名在籍するシステムを構築し、国際的な活動も拡大し続けています。
川崎幸病院 山本晋 院長
次号は《後編》「川崎大動脈センターの展望(仮)」として、2020年から川崎大動脈センターのセンター長に就任した大島医師のインタビュー記事を掲載予定です。
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《参考資料》
・書籍『心臓外科医の覚悟 ~医師という職業を生きる~』(角川SSC新書)
・川崎大動脈センター年報
・メディア掲載記事(ドクターズファイル等)
・石心会グループ広報誌《海燕》バックナンバー
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川崎大動脈センターの医療思想の根底には、創設者・山本医師がアメリカでの修行時代での経験にあります。ベイラ―医科大学のコセリ先生の手術に500症例以上立ち合い、その手術記録を手で書きながら学んでいました。そこでわかった事は、突出した名医が医療を支えるのではなく、明確な役割分担と共通の判断基準のもとに提供される『手術の標準化』こそが大切であると考えました。術者が変わっても医療の質は揺らがず、手術は再現性のある医療として日常的に行われる。それが結果的にその手術の質をあげると確信を深めていきました。この考え方は後に、大動脈疾患という極めて困難な分野に日本で挑み続けるための、揺るぎない軸となっていきました。
ベイラ―医科大学 コセリ医師(左)と山本医師
500症例以上の手術を手書きで記録したノートセンター設立の背中を押した元理事長・石井暎禧
アメリカからの帰国後、日本で大動脈疾患の専門センターを立ち上げるにあたり、山本医師が直面したのは、大動脈手術が高難度・高リスクであるがゆえに、病院としても簡単に受け入れられず、慎重な判断を迫られる分野であったという現実でした。大動脈疾患の手術を行っていくには人材、設備、時間、そして病院として相当な覚悟が必要で、敬遠されがちでした。
この構想を真正面から受け止めたのが、石心会の石井暎禧(えいき)理事長(当時)でした。「いいですねぇ、どんどんやってください」という言葉で、山本医師の背中を押し、2003年に国内唯一の大動脈疾患専門施設の川崎大動脈センターが誕生しました。
「世界一の手術件数」を目標にした質の高い仕組みづくり
川崎大動脈センターは、設立当初から一般心臓手術は行わず、大動脈疾患に完全特化しました。「世界一の手術件数となる事」を目標に、緊急症例にも24時間体制で対応できるような仕組みづくりが進められました。
仕組み作りの一環で、2006年には大動脈疾患専用集中治療室「ACU(Aortic Care Unit)」を開設。医師だけでなく、看護師、臨床工学技士、放射線技師、薬剤師、リハビリテーションスタッフなど、多職種が大動脈疾患に特化した知識と経験を共有し、『手術の標準化』を実行できるように体制を確立していきました。この体制こそがセンターの医療の質を支えています。
国内外から寄せられる信頼
2003年の開設からの取り組みの積み重ねにより、川崎大動脈センターは国内最多の症例数と安定した治療成績を誇る施設となりました。現在では北海道から沖縄まで、全国各地の医療機関から紹介が寄せられています。
日本を代表する施設となったことで、その評価は国内にとどまらず、学術論文や専門書を通じた知見の発信、海外医療機関との提携・交流、オンライン症例検討会「KAS Conference」などを通じて、「Kawasaki Aortic Surgery」という考え方が世界へと広がってきています。
日本一に、近道や偶然はない
川崎大動脈センターが国内外から評価をされるまでに、特別な近道や偶然があったわけではありません。大動脈疾患の治療が今以上に困難だった時代から、目の前の患者と向き合い続け、困難な判断を丁寧に乗り越え、質の高い医療を積み重ねてきた結果が現在につながっています。目標を拠り所に、組織として同じ医療理念や基準で判断し続けること。その積み重ねこそが、現在の川崎大動脈センターを支え続ける力となっています。
託された未来へのバトン
2020年、山本医師は院長として病院全体を運営する立場に移り、川崎大動脈センターは山本医師の後進である大島晋医師にセンター長を引き継ぎました。センターは誰か一人のものではなく、理念と体制が引き継がれてこそ価値があると山本医師が語るように、川崎大動脈センターは大島医師がセンター長になってからも、手術件数を伸ばし続けている他、海外での学会からの講演依頼や、海外の医師をはじめとした医療者が常時複数名在籍するシステムを構築し、国際的な活動も拡大し続けています。
川崎幸病院 山本晋 院長次号は《後編》「川崎大動脈センターの展望(仮)」として、2020年から川崎大動脈センターのセンター長に就任した大島医師のインタビュー記事を掲載予定です。
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《参考資料》
・書籍『心臓外科医の覚悟 ~医師という職業を生きる~』(角川SSC新書)
・川崎大動脈センター年報
・メディア掲載記事(ドクターズファイル等)
・石心会グループ広報誌《海燕》バックナンバー
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新入職員の皆さんへ向けて