2024年03月25日
第二川崎幸クリニック 看護科

渕辺有紀

初めて災害関係の研修を受けた時、阪神淡路大震災の際に支援物資を送っていた両親の姿を思い出しました。そして、自分にはどの様な支援が出来るのだろう?と考え、看護で支援しようと思い、災害支援ナースの登録をしました。

今回の支援活動においては、神奈川JMATの川崎チーム第3班として2月25日から28日まで能登半島中部の各避難所で活動をおこないました。一ヶ所に留まり、被災者と同じ環境で過ごす災害支援ナースの活動とは違い、JMATの活動は、医者・看護師・薬剤師・事務局員で構成されたチームでの巡回形式です。


活動時期は発災から約2ヶ月が経ち、多職種のチームが支援活動に入っていました。他チームとはグループラインで繋がり、情報の共有をおこなっていました。例えば、栄養面での問題を感じた時には、栄養士のチームへ伝えたり、また、医療チームへの要請を受けた際には、すぐ日程調整をすることが出来たりと多職種間での連携を迅速に構築し、対応する必要と利便性を大きく感じ取る事が出来ました。一方『一日でも早い復興の為の支援』という共通目標を持っていても、立場や役割で見える景色が異なり、意見や主張が食い違ってしまう場面での難しさも感じました。復興・自立の為に、現地病院への受診を促す必要もありますが、すぐに受診出来ない場合には、自分達が対応してあげたいという思いもあり、線引きが難しかったです。


『第二クリニックを災害に強いクリニックにしたい』という院長の思いの下、幸クリニックだけでなく幸病院とも有事に協力出来る体制作りの為の第一歩として、救急隊や消防隊と合同訓練を実施してきました。これらを継続しつつ地域のクリニック・病院との連携と災害時の体制づくりが構築できるようにしていきたいです。


「まさか自分が被災するとは」という声は現地の病院スタッフさんからも聞かれました。平時からの減災活動の大切さを改めて感じ、「何か一つでも良いから自助の備えを!」を、これからも伝え続けようと思います。




多職種との情報共有の様子


医療資材が川崎市医師会から支給された


移動中の様子。地震でがけ崩れが起こってしまっている